前回の続き

○○したまま終わりになっていませんか?

○○には、
学んだ(まま)
話した(まま)
聴いた(まま)
書いた(まま)
まとめた(まま)
などが当てはまります。


数年前までいろんなことを外に学びに行っていたとき、
ぼくの場合いつもこのパターンに陥っていました。

めっちゃ意欲的に学びに出かけ、
自分自身の成長のため、
会社で役立てるため、
土日の休みや就業時間後を全部使って。

そのことが悪かったとは今でも思いません。

そのときに築いていったご縁のおかげで
現在こうやって全国各地で講座を開催することができているのだから。


でも、
単純にあのとき学んだことは
その当時は全然活かせずにいたのも事実

聴いたことで大事だと思われることは
忘れないように必死にノートにメモをとってきました。


そう忘れないように…

「あ、だから書いたままで終わっていたんだ!!」

と気づくまで30年近くかかりました。。


なんで書いたままで終わってしまっていたと思いますか?



満足したことで目的は達成していた!?

実はぼくの姿勢からすると、
忘れないようにノートを取ることで目的は達成していたのです。

なぜなら、
忘れないようにノートを取る
という姿勢で挑んでいたのですから!(笑)


さらにそのことを納得させたのが、
脳は否定語は受け付けずにそのまま受ける
という話を聴いたとき。

たとえば、
「紫色のバナナをイメージしないでください」
と言われたします。

そうしたら、
あなたは恐らく見たことのない紫色のバナナを
イメージした・しようとしませんでしたか?


つまり、今回のケースでいえば、
忘れないようにノートを取る
という姿勢(脳への指令)は

「忘れるようにノートを取る」
という情報に変換されているのでは!?


だとすれば、
忘れてもいいように取ったノートは
見返すことも
見返す必要もないですよね(笑)

なんぜ忘れるように取ったノートの中に書いておいたことなので。


仮にそのノートを見返したとしても、
重要だと思ってメモしたことは覚えていたとしても、

恐らくそれがどうして今の自分のために書いたものなのか?
は思い出せないと思います。


正確には、
思い出せない・忘れたというよりも、
思い出すようなネタもないのですから。


086162


では、なぜ忘れないようにノートを取るという習慣がついたのでしょうか?

「それは子どもの頃からの先生・講師たちからそう言われてきたから」
という反応がおそらく返ってくると思います。

もしそうだったとしても、
そうだった過去のことをあれこれずっと追求していても先に進めません。


では、
その上で自分ならどうしたいですか?

ということに
ぼくたち一人一人が向き合うことの方が
原因追求よりも大切だと感じています。


で、ぼくなりに感じていることとして、
忘れないようにノートを取る
ことに拍車をかけてしまっている話があると思っています。

それが、
アウトプットが大事
という話です。




>その4に続く