こんにちは!
繋ぎ人だからこその岡ちゃんです。

今回は講座のメインテーマでもあり、
ぼく自身の今のメインテーマのことについてお届けしたいと思います。


「このことを学ぶ目的はなんですか?」

「何のために学んでいますか?」

このような言葉を一度耳にしたり、目にしたりしたことはあるのではないでしょうか。


目的を明確にすることで、行動に移すことができる。


確かに目的が明確になっていれば、進むべき先のことをわかるようになった気がしますが…本当でしょうか?


実は目的がどんなに明確になっても、そこにたどり着けるかどうかとは話が違うとぼくは捉えています。

それはなぜかについてこれから一つずつ整理していきます。





きっかけと目的はそもそも根本的に意味がちがう

まず、それぞれの意味について辞書的な意味を整理します。

きっかけ
物事を始める手がかり。糸口。また、原因や動機。「事態打開の―をつかむ」「ふとした―で知り合う」
2 歌舞伎などの舞台で、俳優の出入り、音楽・照明の変化などの進行上の合図となる動作やせりふ。「下座 (げざ) に―を渡す」
3 符号。しるし。
「けいこ本の所々へ〇 (まるいもの) や△ (うろこ) や、色々な―をして」〈滑・浮世床・初〉
4 気勢。心意気。
「男の―を外すまじきとて」〈甲陽軍鑑・一六〉

出典:デジタル大辞泉
目的
実現しようとしてめざす事柄行動のねらい。めあて。「当初の―を達成する」「―にかなう」「旅行の―」
2 倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの
[用法]目的・[用法]目標――「目的(目標)に向かって着実に進む」のように、めざすものの意では相通じて用いられる。◇「目的」は、「目標」に比べ抽象的で長期にわたる目あてであり、内容に重点を置いて使う。「人生の目的を立身出世に置く」◇「目標」は、目ざす地点・数値・数量などに重点があり、「目標は前方三〇〇〇メートルの丘の上」「今週の売り上げ目標」のようにより具体的である。

出典:デジタル大辞泉



以上のことから、
そもそもきっかけと目的とでは意味が全然違うのです。

きっかけ:動機付け(スタート地点)⇒ 過去
目的:行動指針(ゴールの目印)⇒ 未来
(図1にまとめてみました)

きっかけと目的のちがい

図1.きっかけと目的のちがい



ということは、
この2つをごちゃごちゃしたままインプットしていたり、行動しようとしたりしたらどうなるでしょうか?


想定される事態として、3通りのパターンがあります。

①きっかけは明確だけど、目的がわからなくなり行動できない。
②目的は明確だけど、今自分がどんな行動をすればよいかわからない。
③きっかけや目的は明確にしたはずなのに、行動が長続きしない。


①のケースの人はほとんど見かけたことはありません。
見かけたことがないというよりも、注目されることがあまりない。
という方が正確かもしれません。

きっかけと目的だったら、みなさんはどちらの方が考えていたいと思いますか?

おそらくほとんど人が目的、つまり、
夢・目標・目的・理想の実現
という方が考えていたくて、

きっかけの方が向き合いたいと思わないのではないでしょうか?

そう考えるのは、
きっかけは自分にとってマイナスのイメージがあることの方が多いからです。

どん底を味わったこと、苦しんだこと、悩んだこと
などなど


マイナスなことを考え出すとそれにフォーカスし過ぎて、過去から離れられなくなりやすいからかもしれません。

確かにそれも一理ありますが、大事なことは別にもあります。

きっかけについて考えているときは、必ずフォーカスしている対象が自分自身になる。

ということも重要な要素だと考えます。


そう考える理由は、
目的何のためにという部分については、自分が本当にしたいこと・やりたいこととはずれてしまう可能性が高いからです。

なぜかというと、
そういった目的何のためにという部分は、たいてい著名人・有名人、成功者と呼ばれている人の発言に影響されている可能性が大だからです。

そのことが悪いわけではなく、その人たちと自分は同じ想いや現状があるという錯覚を受けやすいから注意が必要だと思うのです。


実際にぼく自身も、これまで何度も成功者と呼ばれる人と同じ目標や目的に憧れても、長続きしないことばかりで…

そもそも行動に移すことができなかったことすらあります。


そのどれもが、別にぼくが本当にやりたかったことではなく、そのときにただ憧れただけ現状が嫌だからそれをなんとかしてくれるものだと思い込んでいただけだったということが、ようやく最近になってわかってきました。




現在地(スタート位置)が異なれば目的地への行き方も変わってくる

結局何が言いたかったのかといいますと、

現状がちがえば目的地に対して取るべきアプローチも変わってくる

ということです。



たとえば、
あなたが富士山へ登山するために現地に向かいました。

そこにはあなたと同じように富士山に登るために全国から集まってきています。
みんな登るタイミングや場所が異なり、あなたは西側の登山口から登ることにした。

そこへ、富士山山頂からあなたを含めた登山志願者に対して、リーダーから指示がありました。

「そこから西に向かって進むと小屋が見えるので、まずはそこを目指してください」

(ん??ここから西に向かうと登山道から外れてしまうけど…また別の場所から登った方がいいということかな?)

内心おかしいと思いながら、あなたはリーダーからの指示に従って西に向かって歩きはじめることに…


さぁ、果たしてあなたは無事に富士山山頂にたどり着けるでしょうか?






たどり着けるわけあるかー!!!
って感じですよね(笑)



現実では、確かに途中に目印とか他の登山客がいたりとかするので、間違っていても気づくことができるかもしれません。

しかし、目には見えないことに関してはすべての人に対して明確な指針というのは存在していないため、自分の現状がわからないままでいることも少なくはないのではないでしょうか。

スタート地点が異なっていると

図2.スタート位置(きっかけ)が異なれば、目的地へのアプローチも異なってくる




じゃあどれが結局重要なの?


というと、どれも重要なのです。

その上で、
今の自分自身の立ち位置・現状を、自分自身が知っているのか?

ということが重要だとぼくは捉えています。


>>つづく